MMT・通貨制度

アルゼンチンの「自国通貨建てデフォルト」はMMT批判の反例になるのか(前編:実際に何が起きたのか)

max999

この記事が答える問い

「アルゼンチンは自国通貨建ての国債でもデフォルトした。だからMMT(現代貨幣理論)は間違いだ」。

こういう反論を、一度は見たことがあるかもしれません。しかもこの反論は、しばしば勝ち誇った調子で投げつけられます。「自国通貨建てなら破綻しないんじゃなかったの?」と。

やっかいなのは、これに正しく答えるには、いくつもの段階を踏まないといけないことです。格付け会社が言う「デフォルト」とは何か。通常の借り換えと債務交換はどう違うのか。MMTが本当に主張しているのは何か。これらを分けて説明しないと、「表面的にデフォルトが起きた」という一点だけで話が終わってしまいます。

反論する側が事実の断片だけを持ち、こちらが丁寧な説明の時間を持たないとき、雑な反論のほうが一見強く見えてしまう。これはとても不公平な構図です。

そこでこの記事では、まず事実から始めます。アルゼンチンで実際に何が起きたのか。それは本当に「自国通貨を刷れずに行き詰まった」という話なのか。結論を先に言えば、違います。起きたのは、苦しい状況でのペソ建て債務の組み替えを、格付け会社がデフォルト相当と判定した、という出来事です。

この前編を読み終えるだけでも、「アルゼンチンの事例はMMTの言っていることとはズレている」ところまでは見えるはずです。そのうえで、なぜアルゼンチンがMMTの反例にならないのかという踏み込んだ議論は、後編で扱います。

まず言葉を分ける:借り換え・債務交換・苦境下の債務交換

議論が混乱する最大の原因は、「デフォルト」という一語に、性質の違う出来事がまとめて詰め込まれることです。まず、政府が満期の来た国債をどう処理するのか、その三つのパターンを分けましょう。

一つ目は、通常の借り換えです。満期が来た国債を予定どおり払い、必要なら市場で新しい国債を発行して資金を回す。旧債権者は契約どおりお金を受け取ります。これは普通の資金繰りであって、デフォルトではありません。

二つ目は、債務交換です。満期前の国債を、新しい条件の国債と交換してもらう。満期が延びたり、条件が変わったりします。これは債権者が条件変更を受け入れる点で、通常の借り換えとは違います。

三つ目は、苦境下の債務交換です。英語では distressed exchange と呼ばれます。政府の財務が苦しいという背景のもとで、債権者にとって不利な条件の交換を行うものです。形式のうえでは「任意の交換」に見えても、実質的には債務の再編に近い。

この三つを区別すると、次の一文になります。

種類 何をするか 債権者から見た意味 格付け上の扱い
通常の借り換え 満期債を予定どおり償還し、新規債を発行 契約どおり支払われる デフォルトではない
債務交換 既存債を新しい条件の債券に交換 条件変更を受け入れる 背景次第で SD 相当になり得る
苦境下の債務交換 財務が苦しい中で不利な条件の交換を行う 実質的な債務再編 デフォルト相当になり得る

アルゼンチンで起きたのは、三つ目に近いものでした。ここを押さえておくと、この後の話が一気に見通しよくなります。

格付け会社の「セレクティブ・デフォルト」とは何か

次に、格付け会社S&Pが使う「セレクティブ・デフォルト(SD)」という言葉を見ます。ニュースで「アルゼンチンがデフォルト」と報じられるとき、その中身はたいていこのSDです。

SDは、すべての借金を全面的に払えなくなった、という意味ではありません。※1

特定の債務、または特定の種類の債務についてデフォルト状態にあるが、他の債務については支払いを続けている、あるいは続ける見込みがある。そういう「選択的な(selective)」状態を指します。名前のとおり、全面的な破綻とは違うのです。

そして重要なのは、S&Pが「デフォルト」と判定する条件です。支払日にただ払わなかった場合だけではありません。財務が苦しい状況での債務交換、つまりさきほどの苦境下の債務交換も、デフォルト相当と見なされることがあります。※2

形式のうえで「任意の交換」であっても、債権者が不利な条件をのまされ、その背景に財務の苦境があれば、S&Pはそれをデフォルト扱いにし得る、ということです。

もう一つ、大切な区別があります。S&Pは、同じ国に対して「外貨建ての格付け」と「自国通貨建ての格付け」を別々に付けています。※3 外貨建ての借金を返せるかと、自国通貨建ての借金を返せるかは、別の話だからです。アルゼンチンの話で問題になっているのは、後者、つまり自国通貨(ペソ)建ての格付けのほうです。ここが、今回の議論の核心につながります。

アルゼンチンで実際に起きたこと(時系列)

ここまでの言葉を手に、実際の出来事を時系列で見ていきます。まず全体像を表にします。

出来事 ポイント
2020 外貨建て債務のデフォルト・再編 ドル建てが中心。この記事の主題ではない
2023 S&Pが自国通貨建て格付けをSDへ 国内債務の交換、4.34兆ペソ規模
2024 再び自国通貨建て債務交換でSD扱い ペソ建てなどの証券を交換
2025 S&Pが再び自国通貨建て格付けをSDへ 反復的な国内債務交換が背景

順に見ます。

2020年のデフォルトは「外貨建て」の話

2020年5月、アルゼンチンはデフォルトしました。しかしこれは主に外貨建て、つまりドル建ての国債の話です。

外貨建ての借金は、自国の中央銀行が発行できないドルで返さなければなりません。だから、ドルが足りなくなれば返せなくなる。これはMMTの主張とはむしろ整合的な事態で、今回の議論の対象ではありません。今回の本丸は、ここから先の「自国通貨建て」でのデフォルト扱いです。

2023年:自国通貨建て格付けがSDに

2023年3月9日、S&Pはアルゼンチンの自国通貨建て格付けを引き下げ、SDとしました。※4

このとき、アルゼンチンは4.34兆ペソ、当時のレートで約217億ドル相当の国内債務を、2024年・2025年に満期が来る新しい債券と交換しました。これは、6月までに満期を迎える債務のおよそ64%に相当します。※5

ここで効いてくるのが、さきほどの区別です。これは「新しい国債を発行して古い国債を予定どおり償還した」という通常の借り換えではありません。既存の債務を、新しい条件の債務に交換する処理でした。だからS&Pはこれを、通常の資金繰りではなく、苦境下の債務交換に近いものとして扱ったのです。

2024年:再びペソ建て債務の交換

2024年3月、アルゼンチン政府は、2024年に満期を迎えるペソ建て証券について、約650億ドル規模の任意の債務交換を始めました。※6

目的は、2024年中に来る大きな償還負担を、後ろの年に繰り延べることでした。S&Pはこの交換を、市場アクセスが乏しい中での苦境下の債務交換と判断し、2024年3月13日、自国通貨建て格付けをCCC-からSDへ引き下げました。※7

2025年:三たびSD、そして年末に格上げ

2025年2月17日、S&Pは再びアルゼンチンの自国通貨建て格付けをSDへ引き下げました。※8 背景にあるのは、やはり繰り返される国内債務の交換です。

そして2025年12月17日、S&Pはアルゼンチンの格付けを引き上げました。長期外貨建て格付けはCCCからCCC+へ、そしてSDに落ちていた自国通貨建て格付けもCCC+へと引き上げられ、SDを脱しました。※9 インフレの低下や財政黒字の定着が理由として説明されています。

ここで「3回もSDになった」という点に、疑問を持つかもしれません。一度デフォルトした国が、どうして何度もSDになれるのか。答えは、SDが一時的な判定だからです。苦境下の交換であっても、その交換が終わって新しい債券の発行が済むと、S&Pはデフォルト状態が「解消された(cured)」とみなし、格付けをCCC級へ戻します。そしてまた満期が来て組み替えると、再びSDへ落ちる。この上がり下がりを、アルゼンチンは繰り返してきました。

こうして並べると、一つのパターンが見えてきます。アルゼンチンのSDは、その都度「ペソを一枚も刷れなくなった」から起きたのではありません。満期の負担が重くなるたびに、政府がペソ建て債務の条件を組み替え、それをS&Pがデフォルト相当と判定し、交換が済むとまた戻る。その繰り返しだったのです。

だから、前編の段階で何が言えるのか

ここまでの事実だけで、いくつかのことがはっきりします。

第一に、「借り換えだからデフォルトではない」という言い方は粗い。苦境下の債務交換は、格付け上デフォルト扱いになり得ます。

第二に、しかし「自国通貨建てなのにデフォルトしたからMMTは崩壊した」という言い方も、同じくらい粗い。起きたのは、ペソを発行する能力そのものが失われた事態ではないからです。正確に言えば、こうなります。

アルゼンチンで起きたのは、「自国通貨を発行できる政府が、機械的に支払い不能になった」事例ではない。「苦しい状況の中で行われた、自国通貨建て債務の組み替え」が、格付け上のセレクティブ・デフォルトになった事例である。

なぜ通常どおり払わず組み替えざるを得なかったのか——その「コスト」の正体、つまりペソを刷って払うこと自体が別の何を引き起こすのかは、後編で扱います。前編で押さえたいのは、これが機械的な資金切れではない、という一点です。

この区別は、細かい言葉遊びに見えるかもしれません。しかし、ここがまさに、雑な反論とMMTが本当に言っていることが食い違うポイントなのです。

格付け会社が見ているのは、契約どおりに債務が履行されたか、債権者が不利な条件変更をのまされたか、という信用の話です。一方でMMTが問題にしているのは、通貨を発行できる政府が、自国通貨建ての支払いについて、家計や企業と同じ意味で「お金が尽きて払えなくなる」ことがあるのか、という別の階層の話です。

この二つは、そもそも見ている場所が違います。だから、S&PがアルゼンチンをSDにしたことは、それ自体ではMMTへの反論にはなりません。

では、アルゼンチンは本当にMMTの反例ではないのか。MMTが「自国通貨建てなら支払い不能に強制されない」と言うとき、そこにはどんな条件が隠れているのか。そして、アルゼンチンはその条件を満たしていたのか。ここから先は、後編で詳しく見ていきます。

まとめ

「アルゼンチンは自国通貨建てでもデフォルトした」という一言には、いくつもの区別が抜け落ちています。

通常の借り換えと、苦境下の債務交換は違う。全面的な破綻と、格付け会社の言うセレクティブ・デフォルトも違う。そして、外貨建てで返せなくなることと、自国通貨建ての債務を組み替えることも違う。

時系列で見たとおり、アルゼンチンで起きたのは「ペソを刷れずに行き詰まった」話ではなく、苦しい状況でのペソ建て債務の組み替えが、格付け上デフォルト扱いになった話でした。

この時点で、雑な反論が前提にしている「自国通貨建てなら絶対にデフォルトしないはずだ」という単純な図式は、すでに事実とズレ始めています。次に問うべきは、MMTが本当に言っているのは何か、そしてアルゼンチンはその条件を満たしていたのか、です。それを後編で扱います。

参考

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