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プライマリーバランス黒字化は誰の赤字を意味するのか

max999

政府も黒字の方がよいのか

家計で考えれば、黒字は安心材料です。

収入より支出が少なければ貯蓄が増えます。借金を返しやすくなり、将来への備えもできます。だから「政府も赤字より黒字の方がよい」と感じるのは自然です。

しかし、政府の黒字化を家計の黒字化と同じ意味で見ると、国民経済全体の関係を見落とします。

前回見たように、政府支出は民間の所得になります。政府が公共事業を発注すれば企業の売上になり、医療や介護、教育、防災への支出も、誰かの賃金や売上になります。給付金であれば、家計の預金や消費余力になります。

つまり、政府の支出は、政府の帳簿だけで終わるものではありません。相手側の収入として記録されます。

この視点から、プライマリーバランス黒字化を考えます。

プライマリーバランスとは何か

プライマリーバランスとは、基礎的財政収支とも呼ばれる指標です。

大まかに言えば、社会保障や公共事業などの政策的な支出を、税収などでどれだけ賄えているかを見るものです。利払い費などを除いたうえで、政策的経費と税収等の差を見ます。

プライマリーバランスが赤字であれば、政策的経費を税収等だけでは賄えていない状態です。黒字であれば、税収等が政策的経費を上回っている状態です。

財務省はこの指標を、財政健全化を見る代表的な指標として説明しています。また、政府の経済財政運営でも長く、国と地方を合わせた基礎的財政収支の黒字化が目標として扱われてきました。

ただし、近年の議論では、単年度の黒字化そのものだけでなく、債務残高対GDP比を安定的に低下させることや、複数年で財政経路を見ることも強調されています。

いずれにしても、ここで考えたいのは、プライマリーバランス黒字化がよいか悪いかを一言で決めることではありません。

政府の収支だけを見て「黒字だから健全」と言えるのか。政府が黒字になると、他の部門の収支には何が起こるのか。そこを確認します。

誰かの支出は誰かの収入になる

経済全体では、誰かの支出は誰かの収入です。

家計が買い物をすれば、企業の売上になります。企業が賃金を払えば、家計の所得になります。政府が支出すれば、民間の所得になります。海外から日本の商品やサービスが買われれば、日本国内の誰かの収入になります。

逆に、誰かが支出を減らせば、別の誰かの収入も減ります。

もちろん、現実の経済は複雑です。支出されたお金がすぐに別の支出に回るとは限りません。貯蓄されることもあります。輸入品の購入を通じて海外へ流れることもあります。

それでも、収支を全体で見ると、一つの部門の黒字は、別の部門の赤字または黒字縮小と対応します。

ここでいう黒字や赤字は、道徳的な評価ではありません。「よい」「悪い」という意味ではなく、収入と支出、資金の受け取りと支払いの差を表すだけです。

政府・民間・海外の収支はつながっている

政府、民間、海外の収支は、経済学上の仮定としてそう見なすというより、会計上つながっています。

国民経済計算や資金循環統計では、各部門の受け取りと支払い、資金の過不足が記録されます。ある部門の黒字は、別の部門から見れば赤字です。全体を合わせれば、収支は対応します。

この見方は、部門別収支(sectoral balances)と呼ばれます。

そして、政府、国内民間、海外の三部門の収支を足すとゼロになる関係は、部門別収支の恒等式(sectoral balances identity)です。恒等式とは、条件がそろったときだけ成り立つ予測式ではなく、定義の置き方から常に成り立つ式です。

この記事では、政府、国内民間、海外の三つにまとめて、次の形で考えます。

政府の収支 + 民間の収支 + 海外の収支 = 0

ここでいう民間には、家計や企業を含めます。

注意が必要なのは、海外の収支の符号です。この式でいう海外の収支は、「海外部門から見た、日本との収支」です。

たとえば日本が貿易黒字、つまり輸出額が輸入額を上回っているとします。このとき日本側は海外から受け取るお金の方が多くなります。反対に、海外部門から見れば、日本に支払うお金の方が多いので、海外部門は赤字です。

逆に、日本が貿易赤字で、輸入額が輸出額を上回っている場合、日本側は海外へ支払うお金の方が多くなります。このとき海外部門から見れば、日本に対して黒字です。

厳密には、貿易だけでなく、サービス収支や第一次所得収支なども含めた経常収支で見る必要があります。ただ、符号の感覚としては、日本が海外に対して黒字なら海外部門は赤字、日本が海外に対して赤字なら海外部門は黒字、と考えると分かりやすいです。

この式は、政府だけを切り出して見ないための道具です。

たとえば、政府の収支が赤字であれば、その赤字は政府以外のどこかの黒字と対応します。政府が民間に支出すれば、民間側には所得や金融資産が増える方向の力が働きます。

逆に、政府の収支が黒字であれば、政府は支出より多くを税などで回収していることになります。その場合、政府以外の部門全体では、赤字化するか、黒字が小さくなる必要があります。

ここで重要なのは、「政府の黒字 = 民間の赤字」と単純に言い切らないことです。

海外部門があるからです。

日本が海外に対して大きく黒字であれば、式の中では海外部門が赤字になります。その分、政府が黒字でも、国内民間部門が必ず赤字になるとは限りません。海外部門との関係によって、国内民間部門の収支は変わります。

したがって、より正確にはこう言うべきです。

政府が黒字化することは、政府以外の合計収支の赤字化、または黒字縮小と対応します。

プライマリーバランス黒字化は誰の収支を動かすのか

プライマリーバランス黒字化とは、政府が政策的な支出より多くを税収等で受け取る状態を目指すことです。

政府の帳簿だけを見れば、赤字が減り、黒字に近づきます。これは財政健全化のように見えます。

しかし、政府が支出を抑えるか、税を増やすか、あるいはその両方で黒字化するなら、政府以外の部門には逆向きの影響が出ます。

政府支出が減れば、それを受け取っていた企業や家計の所得は減ります。増税すれば、家計や企業の手元に残るお金は減ります。もちろん、景気がよくなって税収が自然に増える場合もあります。その場合は、同じ黒字化でも意味が違います。

だから、見るべきなのは、プライマリーバランスの数字だけではありません。

どうやって黒字化するのか。景気拡大による税収増なのか。社会保障や公共投資の削減なのか。消費税などの増税なのか。民間の所得や需要、供給能力にどのような影響が出るのか。

そこまで見なければ、政府の黒字化が社会全体にとって望ましいのかは判断できません。

海外部門を入れると話は少し複雑になる

「誰かの黒字は誰かの赤字」という言い方は分かりやすいですが、国内だけで考えると誤解も生みます。

日本経済は海外と取引しています。輸出、輸入、所得収支、投資などを通じて、海外部門との資金の出入りがあります。

このとき、国内から見た黒字と、海外部門から見た黒字は逆向きになります。日本が海外に対して黒字なら、海外部門は日本に対して赤字です。日本が海外に対して赤字なら、海外部門は日本に対して黒字です。

そのため、政府が黒字化したときに、国内民間が必ず同じ額だけ赤字になるとは限りません。海外部門との関係によって、民間部門が黒字を保つこともあります。

ただし、それは「政府黒字化の影響が消える」という意味ではありません。

政府、民間、海外の三つを合わせれば、収支はつながっています。政府が黒字を増やすなら、その分は民間か海外、またはその両方の収支に対応します。海外部門を入れることで、話は少し複雑になりますが、政府収支を単独で見てよいわけではないという結論は変わりません。

むしろ、海外部門を入れることで、議論は正確になります。

政府黒字化が民間にどう影響するかを見るには、国内の民間収支だけでなく、貿易や所得収支を含む海外との関係も見なければならないからです。

政府赤字なら何でもよいわけではない

ここまでの話は、プライマリーバランス黒字化が常に悪い、という意味ではありません。

政府赤字にも質があります。

不況で民間需要が弱いとき、政府赤字が所得や雇用を下支えすることがあります。災害対応、医療、教育、防災、研究開発、インフラ更新など、将来の生活や供給能力を支える支出もあります。

一方で、支出の中身が悪ければ、赤字だからよいとは言えません。特定の利害だけを潤す支出、供給能力を高めない支出、すでに人手や設備が足りない分野に過度な需要を追加する支出は、物価上昇や資源の浪費につながる可能性があります。

第2回で見たように、財政の本当の制約は、単なる資金不足だけではありません。供給能力、インフレ、為替、実物資源、支出の中身として表れます。

だから、政府赤字を無条件に肯定する必要はありません。

ただし、政府赤字を無条件に悪と見るのも同じくらい危険です。政府赤字は、政府以外の部門の黒字と対応している場合があります。政府が赤字を減らすことは、民間や海外を含む他部門の収支を変えることでもあります。

財政健全化をどこから見るか

財政を考えるとき、「政府の帳簿が黒字か赤字か」は重要な情報です。

しかし、それだけでは足りません。

政府の黒字化が、民間所得を削って実現しているのか。景気拡大による税収増で自然に起きているのか。海外部門との関係はどうなっているのか。支出削減によって、将来の供給能力や生活基盤を傷つけていないか。

こうした点を見なければ、財政健全化という言葉は、政府の帳簿だけを整える話になってしまいます。

プライマリーバランスは、財政を見るための一つの指標です。無視してよい指標ではありません。

しかし、プライマリーバランスだけで経済全体の健全性は判断できません。政府の赤字が民間の黒字を支えている局面もあります。逆に、政府支出が供給能力を超えて物価上昇を強める局面もあります。

必要なのは、政府収支、民間収支、海外収支を合わせて見ることです。

まとめ

プライマリーバランス黒字化は、政府の帳簿だけを見ると財政健全化のように見えます。

しかし、政府の収支は、民間や海外の収支と切り離せません。

国民経済全体では、政府の収支、民間の収支、海外の収支がつながっています。政府が黒字化することは、政府以外の合計収支の赤字化、または黒字縮小と対応します。

だから、プライマリーバランス黒字化を考えるときは、「政府が黒字になるから安心」とだけ見てはいけません。

どうやって黒字化するのか。その結果、民間の所得や資産、需要、供給能力に何が起こるのか。海外部門との関係はどうなっているのか。そこまで見て初めて、財政運営の意味が見えてきます。

次回は、ここからさらに進めて、「税金は財源なのか」を考えます。

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