難語だらけの文章から読むロシア1998年危機
この記事のねらい
ロシアの1998年危機について書かれた文章を読むと、多くの人は途中で失速します。GKO、ロールオーバー、ソブリンリスク、リスクプレミアム、資本流出、為替バンド、外貨準備。こうした言葉が、ろくに説明もされないまま次々に出てくるからです。
本当は一つずつ調べればいいのですが、たいていはしません。雰囲気で読み流し、「難しい金融の話なんだろう」と分かった気になって先へ進む。読み終えても、結局ロシアで何が起きたのかは、ぼんやりとしか残りません。
この記事がやろうとしているのは、その「読み流す」をやめてもらうことです。
やり方は単純です。まず、難語だらけの一文を一つ用意し、それを思い切って日常語に直す。そのうえで、詰め込まれた用語を一つずつほどき、最後にもう一度その一文へ戻ってきます。そのときには、同じ文章が違って読めるはずです。
前回の記事では、為替レートは需給で動く値段であり、それを固定で守るには外貨準備という有限の弾薬が要る、という骨組みを確認しました。今回はその上に、危機の記述で実際に使われる言葉を乗せていきます。ねらいは用語の暗記ではありません。略語を正しく言えても、それだけでは何も分かったことになりません。一つひとつの言葉が危機のどこを指すかが腑に落ちれば、略語のほうは忘れてかまわないのです。
難語だらけの一文
まず、実際にありそうな一文を出します。ロシア1998年危機を説明する経済記事には、だいたいこういう調子の文章が出てきます。
1998年8月、ロシアは対外債務の返済とルーブルの為替バンド維持を同時に迫られていた。GKOのロールオーバーが行き詰まり、ソブリンリスクの上昇でリスクプレミアムが跳ね上がるなか、資本流出によるルーブル売りで外貨準備が急速に細り、政府は国内債務の再編とルーブルの切り下げに追い込まれた。
読めるけれど、頭には入ってこない。そういう文章の見本です。単語のどれかは見たことがあっても、それらが一列に並んで原因と結果でつながると、途端に像を結ばなくなります。GKOの行き詰まりと外貨準備の減少がどうつながるのか、ソブリンリスクとリスクプレミアムは同じ言い換えなのか別物なのか——読み流すと、そこは全部素通りです。
この一文に、この記事で扱う用語はほぼ全部入っています。逆に言えば、これが最後にすらすら読めれば目的は達成です。まずは「読めないけど、全部ここにある」とだけ確認して先へ進みます。
日常語に直してみる
同じ内容を、専門用語を使わずに、思い切って普段の言葉に直してみます。細かい正確さは、いったん脇に置きます。
1998年の夏、ロシア政府は二つの支払いを同時に抱えて苦しくなっていた。外国から借りたお金を返すことと、自国のお金であるルーブルの値段を決めた範囲に保つための費用である。ところが、政府が国内で繰り返してきた短期の借金は、返しては借り直すというやりくりが回らなくなっていた。この国は危ないと見た投資家たちは、お金を引き上げてルーブルを売り、それを外貨に換えて国の外へ移し始めた。ルーブルの値段を支えるためにためておいた外貨は、みるみる減っていく。とうとうロシア政府は、借金の返し方を組み替え、ルーブルの値段を大きく引き下げるしかなくなった。
ぐっと分かりやすくなり、話の筋も追えます。ただし、日常語にすると大事な区別がぼやけます。たとえば「外国から借りたお金」と「国内で繰り返してきた短期の借金」は、この言い換えでは同じ借金に見えますが、この二つが別物であることこそ、危機を理解する肝の一つです。
翻訳はゴールではなく、入口です。ここから先は、粗い翻訳では潰れてしまう区別を、用語ごとに開いていきます。
GKO:ロシア政府の短期の借金
まず、GKOが何の略かだけ見ておきます。GKOはロシア語 Государственные краткосрочные облигации(国家の・短期の・債券)の頭文字です。正直に言うと、これはロシア語なので、字面から意味を推し量るのは日本語話者にはまず無理で、ここは「GKO=ロシア政府の短期国債」と丸暗記してしまうしかありません。それでも元の語を挙げたのは、GKOが正体不明の記号ではなく、意味のある三語の略だと分かっていれば、割り切って覚えやすくなるからです。
中身は、ロシア政府が資金を集めるために発行した短期の国債です。国が「これだけ貸してください、期限が来たら決めた金額を返します」と出す証書が国債で、GKOはそのうち償還までが短いもの、数か月から一年ほどで満期が来る借金だと思ってください。厳密には、額面より安く売り出して満期に額面で払い戻す割引債で、その差額が実質的な利回りになりますが、ここでは「短い借金」で十分です。
一つ、後で効いてくる事実を押さえます。GKOはルーブル建て、つまり自国通貨建ての借金でした。ロシア自身が発行できるルーブルで返す約束の借金です。前回、自国通貨建ての借金は名目上返せる、と話しました。ただしこれは無条件ではありません。通貨を自分の都合で発行できることが前提で、為替レートを一定に守るという約束で発行を縛っていると、その前提は崩れます。ロシアはまさに、ルーブルの値段を守るために発行の自由を手放しかけていました。自分で刷れる通貨で借りていた国が、なぜ返済を止めたのか——鍵はこの前提のほうにあります。詳しくは後の回に譲り、いまは「自国通貨建てなら返せるという話には条件がある」とだけ押さえて先へ進みます。
なお、より満期の長いロシア国債はOFZと呼ばれます。こちらもロシア語 Облигации федерального займа(連邦の・借入の・債券)の頭文字で、やはり字面からは推測できないので、そういうものだと受け取ってください。GKOが短期、OFZが中長期、という区別で十分です。危機の記述に「GKO/OFZ」と並んで出てきたら、「ロシア国債の短いものと長いもの」と読み替えてください。
ロールオーバー:借金の借り換え
次がロールオーバーです。日常語では「借り換え」がいちばん近い言葉です。ロールオーバーという語そのものに、危機や不吉な意味はありません。満期の来たものを次へ繰り越す、というだけの中立的な言葉です。
満期の来た借金を、手元の現金で返すのではなく、新しく借り直したお金で返す。これがロールオーバーです。個人でも、期限の来たローンを別のローンで組み替えることがありますが、あれと発想は同じです。国も、満期の来た国債を、新しい国債を売って得たお金で返す、ということを日常的にやっています。
問題は、GKOのように短い借金ばかりに頼っていると、この借り換えを絶え間なく続けなければならなくなることです。短い借金は、すぐに満期が来ます。満期が来るたびに、新しく買い手を見つけて借り直す。買い手が現れ続けているうちは、何事もなく回ります。
ここに、借金の額だけを見ていると気づけない落とし穴があります。借金の総額そのものは、それほど大きくなくても、危機は起こりうるのです。大事なのは残高ではなく、借り換えが回り続けるかどうか、という流れのほうです。ある日、新しい買い手が「もうこの国の短期国債は買いたくない」と引いてしまえば、満期の来た分を返す現金が用意できません。総額は昨日と同じでも、その瞬間に資金繰りが止まります。これがロールオーバー危機と呼ばれる状態です。
では、引いていく買い手を引き止めるにはどうするか。ふつうは、より高い利回りを約束します。「これだけ上乗せするので、もう一度買ってください」と。この「上乗せ」が、次の用語につながります。
ソブリンリスクとリスクプレミアム:貸し手が求める「上乗せ」
ソブリンリスクとリスクプレミアムは、セットで理解すると早いです。
まずソブリンリスクから。「ソブリン」は、もともと主権や君主を指す言葉で、ここでは国家、つまり政府のことだと思ってください。ソブリンリスクとは、その政府にお金を貸したときに、約束どおり返ってこないかもしれない危険のことです。企業が倒産して社債が返らないのと同じことが、国のレベルでも起こりうる。その起こりやすさが、ソブリンリスクです。
次にリスクプレミアム。こちらは、そのリスクに対して貸し手が求める「上乗せ」の部分です。危ないと思う相手にお金を貸すとき、人は普通、より高い見返りを要求します。返ってこないかもしれない分を、金利の上乗せで埋め合わせようとするわけです。この上乗せ分が、リスクプレミアムです。
二つの関係は、こう言えます。ソブリンリスクが高まると、貸し手が要求するリスクプレミアムも大きくなる。つまり、その国はより高い金利を払わないとお金を借りられなくなる。ニュースで「金利が急騰した」「利回りが跳ね上がった」と書かれるのは、多くの場合この上乗せが膨らんだ状態を指しています。(安全な借り手の金利と比べたときの上乗せ幅そのものを「スプレッド」と呼ぶこともありますが、ここでは上乗せ金利と同じものだと考えて差し支えありません。)
ここで、さきほどのロールオーバーと結びつきます。国が危ないと見られてソブリンリスクが上がる。すると借り換えのたびに要求される金利、つまりリスクプレミアムが跳ね上がる。高い金利を払ってでも借り換えようとすれば利払いの負担がさらに重くなり、その重さがまた「やはり危ない」という評価を強める。借り換えを続けようとするほど、条件が悪くなっていく。悪循環の入口が、ここにあります。
資本流出:逃げる資金と為替のつながり
いま、借り換えに応じない買い手が引いていく、と書きました。その投資家は、手元に戻ったルーブルをそのまま持ち続けるわけではありません。多くは外貨に換えて国の外へ移します。GKOの借り換えが止まることと、これから見る資本流出は、同じ不信から出た動きです。
資本流出とは、その名のとおり、お金(資本)が国の外へ出ていくことです。投資家がその国の株や国債や預金を手放し、資金を国外へ移す。ただし、事象そのものは資金が国境を越える動きであって、それ自体が為替の話なのではありません。ここは分けて考えます。
為替につながるのは、逃げる資金がルーブル建てのときです。ロシアの資産を売って得たルーブルは、そのままでは国外へ持ち出せません。ドルなどの外貨に換えて、はじめて運び出せます。つまりルーブル建て資産からの資本流出は、途中でかならずルーブル売り・外貨買いという為替の取引を通ります。
前回、為替レートは売りたい量と買いたい量の食い違いで動く、と確認しました。資本流出が大きくなるほど、この為替市場でのルーブル売りがふくらみ、ルーブルの値段を押し下げます。「資本流出で通貨が急落した」という一文の中身は、この換金の圧力です。
為替バンドと外貨準備:為替レートの帯と、それを守る蓄え
資本流出のルーブル売りが押し寄せたとき、ロシアはルーブルの値段を一定の帯の中に保とうとしていました。ここで使う二語を、短く押さえます。
為替バンドとは、レートを一点に固定するのではなく、「中心から上下◯パーセントまで」と幅を決め、その帯からはみ出しそうになったら押し戻す制度です。1998年当時のロシアは、これに近いやり方でルーブルを管理していました。押し戻す手段が外貨準備です。あふれるルーブル売りを、中央銀行が外貨を渡して引き受け、下落を防ぐ。ただし渡す外貨は自分では刷れず、ためた分を取り崩すしかないので、売りが続けば減っていきます。
なぜ外貨は刷れないのか、なぜ尽きると帯を守れないのかは、前回の記事で詳しく扱いました。今回の要点は接続です。資本流出のルーブル売りが、そのまま外貨準備を削る圧力になる。ここがつながれば十分です。
通貨危機・外貨建て債務・バランスシート効果
最後に、危機が通貨の外へ広がっていく部分の言葉を三つまとめて見ます。
通貨危機。 外貨準備を売り続けても売り圧力が止まらず、やがて帯を守りきれなくなる。市場も「もうすぐ支えきれなくなる」と読んで、下がる前に売っておこうとし、売りがさらに加速する。中央銀行が値段を支えようとするほど、かえって崩れが早まる。この状態が通貨危機です。前回の悪循環の話と同じもので、最後は大幅な切り下げか、固定をあきらめて変動相場へ移すことになります。
外貨建て債務。 ここで、借金の話がもう一度出てきます。さきほどのGKOはルーブル建て、つまり自国通貨建ての借金でした。それとは別に、ロシアの銀行や企業は、ドルなど外貨で返す約束の借金も抱えていました。これが外貨建て債務です。自国通貨建ての借金と違い、外貨建ての借金は、自分で通貨を刷っても返せません。返すための外貨を、どこかから手に入れてこなければならない。だから、通貨が急落して外貨が手に入りにくくなると、途端に重くのしかかります。
バランスシート効果。 いちばん耳慣れない言葉かもしれません。バランスシートとは、企業や銀行の資産と負債を並べた表のことです。ドル建てで借金をしている会社を考えてください。ルーブルが急落すると、同じ1ドルの借金でも、ルーブル換算の返済額はふくらみます。稼ぎや資産の多くは国内のルーブル建てなのに、負債だけがルーブル換算で膨張する。つり合いが崩れ、健全だったはずの会社が一気に債務超過へ近づく。この、通貨安が外貨建て負債を膨らませて企業や銀行を痛める仕組みが、バランスシート効果です。通貨危機が銀行危機や連鎖破綻へ飛び火する、その橋渡しになります。
これらが具体的にロシアでどう連鎖したのかは、次回、危機の全体像として扱います。ここでは、通貨の下落は通貨市場だけの話では終わらず、外貨建ての借金を通じて実体経済まで届く、という道筋があることだけ受け取ってください。
例文に戻る
ここで、はじめの一文に戻ります。
1998年8月、ロシアは対外債務の返済とルーブルの為替バンド維持を同時に迫られていた。GKOのロールオーバーが行き詰まり、ソブリンリスクの上昇でリスクプレミアムが跳ね上がるなか、資本流出によるルーブル売りで外貨準備が急速に細り、政府は国内債務の再編とルーブルの切り下げに追い込まれた。
さっきは素通りだったはずですが、今度はどうでしょうか。
外貨で返す借金の返済と、帯で決めたルーブルの値段を守ることを、同時に迫られていた。短期国債の借り換えが止まりかけ、国が危ないと見られて上乗せ金利が跳ね上がる。危ないと見た投資家が資金を引き上げ、それが大量のルーブル売り・外貨買いとなって為替市場を押す。その売りを受け止めるために外貨準備を取り崩し続け、準備が細っていく。最後は、国債の返し方を組み替え、守っていたルーブルの値段を大きく引き下げるしかなくなった。
一語ずつに意味が入ると、一文が「用語の羅列」から「出来事の連鎖」に変わります。GKOという点、ロールオーバーという点、資本流出という点が、線でつながって動き出す。この、点が線になる感覚こそ、用語を暗記するのとは違う「分かる」の中身です。
ただし、いまたどった因果の順序は、あくまで理解のための整理です。実際には、これほどきれいに一方向へ進んだわけではありません。借り換えの行き詰まりが不信を呼び、不信が資本流出と金利上昇を招き、それがまた借り換えを苦しくする。どれが原因でどれが結果と一列に決められるものではなく、要素どうしが互いを強め合いながら、ほぼ同時に進みました。この絡み合いこそ、次回に扱う「単純な財政破綻ではない」という話の核心です。
まとめ
この記事では、ロシア1998年危機の記述に必ず出てくる難語を、暗記のためではなく、危機の連鎖を読むための道具として一つずつほどきました。
GKOはロシア政府の短期の借金で、ルーブル建てでした。短期の借金に頼ると、借り換え(ロールオーバー)を絶え間なく続けねばならず、その流れが止まれば残高が同じでも資金繰りは詰まります。国が危ないと見られる(ソブリンリスク)ほど、貸し手は高い上乗せ金利(リスクプレミアム)を求め、借り換えはさらに苦しくなる。危ないと見た投資家の資本流出は、国境を越える資金移動であると同時に、為替市場では大量のルーブル売りとして現れ、前回学んだ外貨準備を削っていく。そして通貨の急落は、外貨建て債務を抱えた企業や銀行のバランスシートを痛め、危機を通貨の外へ広げていきます。
最後に、シリーズを貫く問いに触れておきます。GKOは自国通貨建てなのに、ロシアはその返済を止めました。自国通貨建てなら名目上は返せる、ただしそれには前提が要る、という話を思い出してください。為替を一定に守ろうとすると、その前提のひとつ、通貨を自由に発行することが、自分で縛られます。刷って返せば、守りたいレートを自分から崩してしまうからです。名目上は返せるはずのものが、なぜ止まったのか。鍵は、この「刷って返す」と「為替を守る」の衝突にあります。用語がそろったところで、次はこれを正面から見ます。
次回は、これらの言葉を使って、1998年のロシアで実際に何が重なって危機に至ったのかを、単純な財政破綻ではない複合危機として、全体像から見ていきます。

