財政・税制・国債

政府の借金を家計と同じに考えてはいけない

国民経済のポイント
max999

借金を家計で考えると不安になる

政府の借金の話を聞くと、家計の借金を思い浮かべる人は多いと思います。

住宅ローンやカードローンで考えれば、借金が大きくなりすぎるのは不安です。収入が足りなければ返済に困りますし、利息の負担も重くなります。だから「政府も借金を減らさなければならない」と感じるのは自然です。

しかし、この直感をそのまま政府に当てはめると、重要な違いを見落とします。

家計や企業は、円を手に入れてから使う側です。自分で円を発行することはできません。一方で、日本政府は日本銀行を含む制度全体として、円を新しく発行し、円建ての支払いを成立させる仕組みを持っています。

もちろん、これは「いくらでも無責任に使ってよい」という意味ではありません。前回見たように、現実の制約は供給能力やインフレとして表れます。ここで分けたいのは、家計の資金繰りと、政府の円建て支出を同じものとして扱ってよいのか、という点です。

家計や企業は円を使う側である

まず、家計や企業から考えます。

家計は自分で円を発行できません。給料、事業収入、年金、資産の取り崩し、借入などによって円を手に入れ、その範囲で支出します。支出が収入を上回れば、貯蓄を取り崩すか、借りる必要があります。

企業も同じです。売上や借入によって資金を確保し、賃金、仕入れ、設備投資、利払いなどを行います。赤字が続き、資金調達もできなくなれば、支払いに詰まります。

この意味で、家計や企業にとって「収入の範囲で支出を考える」という感覚は正しいものです。円を使う側だからです。

だから、家計の黒字化は分かりやすい目標になります。収入より支出が少なければ貯蓄が増え、将来の支出に備えやすくなります。企業にとっても、利益や資金繰りは存続に直結します。

ただし、この感覚を政府にもそのまま当てはめてよいかは、別の問題です。

政府は家計と同じ財布ではない

日本政府は、家計のように「先に収入を得なければ円建て支出が一切できない」存在ではありません。

政府は予算にもとづいて支出し、その支出は民間の銀行預金や日銀当座預金などの増減を通じて処理されます。細かな制度の説明はここでは省きますが、少なくとも家計のように、給料が入るまで円を作れない主体ではありません。

ここで大事なのは、政府と日本銀行を含む制度全体が、自国通貨である円を発行し、円建ての支払いを行えるという点です。第1回で見たように、日本政府の国債は基本的に円建てです。外貨で返さなければならない債務とは条件が違います。

厳密には、政府が単独で紙幣を刷って支払うという意味ではありません。国債発行、政府預金、日本銀行、民間銀行の決済を含む制度全体として、円建ての支払いが成立する、ということです。

したがって、政府の円建て支出を考えるときに、家計と同じ意味で「財布にお金が残っているか」だけを見るのは適切ではありません。

もちろん、法律上の予算手続きや国会の議決は必要です。制度上、政府が好き勝手に支出できるわけではありません。ここで言っているのは、家計の給料や企業の売上のような意味で、税収が事前に手元になければ円建て支出がまったくできない、という話ではないということです。

「財源がない」は何を意味しているのか

ニュースでは「財源が足りない」という言い方がよく出てきます。

「財源が足りない」という言い方は、読者に家計の財布を思い浮かべさせます。収入が足りないなら支出できない。足りないなら増税するか、どこかの予算を削るしかない。そういう感覚です。

実際、ニュース記事や政策議論でも、そのように読んでほしい意図で使われていることが少なくありません。しかし、政府の円建て支出を考えるときには、この言葉をそのまま家計の財布の話として受け取ると、論点がずれます。

税金が財源なのか、という問題はシリーズ第5回で改めて扱います。ここではまず、政府を家計と同じ「先に収入を得てから使う主体」と見てよいのか、という点だけ確認します。

政府にとって本当に問うべきなのは、「その支出を行う円を制度上用意できるか」だけではありません。むしろ、その支出が何に使われるのか。人手や設備は足りているのか。輸入品への依存は大きいのか。物価や為替にどのような影響が出るのか。そこまで含めて考える必要があります。

たとえば、使われていない人手や設備が多くあるとき、政府支出が需要を支え、生産や雇用を増やすことがあります。一方で、すでに人手も設備も足りない分野に強い需要を追加すれば、数量は増えず、価格だけが上がる可能性があります。

つまり、政府支出の制約は「家計の財布にお金が残っているか」と同じ形ではありません。より重要なのは、経済全体の供給能力と、支出の中身です。

政府支出は誰かの所得になる

もう一つ、家計との大きな違いがあります。

家計が節約すれば、その家計の貯蓄は増えます。しかし、政府が支出を減らすと、同時に誰かの収入も減ります。

政府が公共事業を発注すれば、建設会社の売上になり、そこで働く人の賃金になります。医療、介護、教育、防災、研究開発への支出も、それを受け取る家計や企業の所得になります。給付金であれば、家計の預金や消費余力になります。

つまり、政府の支出は、民間から見ると収入です。

この点を見落とすと、「政府が黒字化すればよい」という話が単純に見えてしまいます。家計なら黒字化は安心材料です。しかし、政府部門が黒字になるということは、別の部門の収支に影響します。

この関係をきちんと見るには、政府、民間、海外の収支を合わせて考える必要があります。これは次回、プライマリーバランス黒字化の話で扱います。今回は、政府の支出は誰かの所得になる、という点だけ押さえておきます。

問題は借金の額だけではない

ここまでの話は、政府の借金を気にしなくてよい、という意味ではありません。

政府支出には、当然ながら良い支出も悪い支出もあります。将来の供給能力を高める支出もあれば、特定の利害だけを潤し、物価上昇や資源の浪費につながる支出もあります。制度上支払えることと、その支出が望ましいことは別です。

また、円建てで支払えるとしても、インフレが起これば家計の生活は苦しくなります。輸入価格や為替の影響が重なれば、生活必需品の価格上昇として痛みが出ます。第2回で見たように、お金の量だけで物価が決まるわけではありませんが、需要が供給能力を超えれば価格上昇は起こります。

だから、財政を考えるときの問いは、「借金があるから悪い」だけでは足りません。

その支出は何を生むのか。生産力や生活の安定につながるのか。インフレや供給制約を強めないか。税や国債発行、金融政策との関係はどうなっているのか。そうした問いに分解して考える必要があります。

家計の比喩はどこまで使えるか

家計の比喩がまったく役に立たないわけではありません。

無駄な支出を避ける。将来への備えを考える。支出の優先順位を決める。こうした感覚は、政府の政策を見るときにも必要です。

しかし、家計の比喩には限界があります。

家計は円を発行できません。家計の支出は、基本的にその家計の財布から出ていきます。一方で、政府支出は民間の所得になります。家計の黒字化と政府の黒字化は、国民経済全体で同じ意味を持ちません。

だから、政府の借金を考えるときは、家計の不安感を出発点にしても、そこで止まらないことが大事です。

見るべきなのは、政府が何通貨建てで支払うのか。自国通貨建て支払いの制度を持っているのか。支出は誰の所得になるのか。経済全体の供給能力やインフレにどう影響するのか。こうした点です。

まとめ

政府の借金を家計の借金と同じに考えると、円を手に入れてから使う側と、円を発行し円建て支払いを成立させる制度を持つ側の違いを見落とします。

家計や企業は、収入や借入によって円を手に入れ、その範囲で支出します。しかし、日本政府は家計のように、先に税収を確保しなければ円建て支出が一切できない主体ではありません。

ただし、それは無制限に支出してよいという意味ではありません。本当の制約は、供給能力、インフレ、為替、実物資源、そして支出の中身として現れます。

また、政府支出は誰かの所得になります。政府が黒字化することは、家計の黒字化と同じ意味ではありません。

次回はこの点をさらに進めて、「プライマリーバランス黒字化は誰の赤字を意味するのか」を考えます。

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