日本の部門別収支30年史――誰が黒字で、誰が赤字だったのか

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概要

「政府の赤字は、誰かの黒字である」という言い方をよく聞きます。これは標語ではなく、国民経済計算のうえで必ず成り立つ会計の関係です。ある部門が支出を上回る資金を使えば、その資金はどこかの部門の手元に移ります。国全体では、各部門の資金過不足を足し合わせると(統計上の不突合を含めて)ゼロになります。

内閣府の国民経済計算 付表18を使い、家計・企業・政府・海外の資金過不足を1994年から2024年まで並べると、この関係が実データのうえでどう組み合わさってきたかが分かります※1。本記事の主張は一つです。政府赤字の反対側には非政府部門(民間+海外)の黒字があり、日本ではその黒字の主役が1990年代末を境に家計から企業へ移りました。 ただし、会計上そうなることと、政府赤字が民間黒字を「生んだ」と言えることは別の話です。

本記事の図は、内閣府が公表するExcel(2020年基準)から取得した数値を、記事内のスクリプトで再現できる形にして自作しています※2。数値の出どころと作り方は末尾の参考に記します。

「誰かの赤字は誰かの黒字」の正確な意味

部門別収支とは、家計・企業・政府といった経済主体(制度部門)ごとに、その年に稼いだ所得と、消費・投資に使った額との差を見たものです。所得より支出が少なければ資金が余り(資金余剰、純貸出)、その分は貯蓄や金融資産として積み上がります。逆に支出が所得を上回れば資金が足りず(資金不足、純借入)、借入や債券発行で埋めます。

一国の中では、ある部門の資金余剰は、必ず別の部門の資金不足か、海外への貸し出しとして現れます。したがって次の関係が、毎年ほぼ成り立ちます。

非金融法人企業 + 金融機関 + 一般政府 + 家計 + 対家計民間非営利団体 + 海外部門 + 統計上の不突合 = 0

三つ注意点があります。第一に、これはフロー(その年の収支)の話であり、政府債務や家計金融資産といった残高(ストック)とは別物です。第二に、符号はプラスが資金余剰、マイナスが資金不足です。第三に、統計上「海外部門」は海外から見た符号で記録されます。海外部門がマイナスなら、海外が日本に対して資金不足、つまり日本が海外へ資金を出している(対外的な純貸し手である)ことを意味します。日本の側から見た対外収支は、符号を反転させて読みます。

30年間の部門別収支の全体像

まず全体像です。次の図は、主要な部門の純貸出・純借入を名目GDP比で並べたものです。

制度部門別の純貸出・純借入(GDP比、1994〜2024年)

一般政府(オレンジ)は、ほぼ全期間で資金不足、つまり赤字側にあります。金融危機の1998年、世界金融危機後の2009〜2010年、コロナ禍の2020年に赤字が深く沈んでいます。いずれもGDP比でマイナス9〜10%(最も深い1998年は約−9.9%)に達しました。

家計(濃い青)と非金融法人企業(緑)は、多くの年で資金余剰側にあります。ただし両者の位置は時期によって入れ替わっています。1990年代半ばは家計が余剰の中心でしたが、2000年代に入ると企業が大きく余剰側へ動きます。海外部門(マゼンタ)は一貫してマイナス、すなわち日本が対外的な純貸し手であり続けたことを示します。

政府赤字の反対側にあるもの

「政府赤字の反対側は民間黒字」という説明は、実データ上どこまで正確でしょうか。政府以外のすべての部門をまとめた「非政府部門合計(民間+海外)」と、一般政府とを重ねると、答えははっきりします。

政府の収支と、その反対側(非政府部門)の鏡像(GDP比、1994〜2024年)

二本の線は、ゼロを軸としたほぼ完全な鏡像です。両者の差は統計上の不突合だけで、GDP比で0.3ポイント程度に収まります。政府が大きく赤字を出した年には、非政府部門の黒字も同じだけ膨らみます。これは景気や政策の巧拙とは無関係に、会計として成り立つ対応です。

同じ関係を、直近の2024年について金額で分解したのが次の図です。

2024年の制度部門別 純貸出・純借入(兆円)

2024年は、非金融法人企業が+19.0兆円、家計が+13.6兆円、金融機関が+5.5兆円の資金余剰でした。一方、一般政府は−10.6兆円、海外部門は−28.5兆円です。国内の民間部門が積み上げた黒字は、政府の赤字と、海外への貸し出し(日本側から見れば+28.5兆円の対外黒字)に振り分けられています。政府赤字の「反対側」は民間だけでなく、対外部門にも及んでいることが読み取れます。

黒字の主役の交代:家計から企業へ

日本の部門別収支で特徴的なのは、企業が資金の借り手から貸し手へ変わったことです。教科書的には、企業は資金を借りて設備投資を行う資金不足部門です。しかし日本の非金融法人企業は、1990年代末以降ほぼ一貫して資金余剰側にあります。

企業も資金余剰になった――非金融法人企業と家計(GDP比、1994〜2024年)

非金融法人企業(緑)は、1994年にはGDP比−0.5%の資金不足でしたが、金融危機を挟んだ1998年に+4.0%へ転じ、以後はプラス圏で推移します。2000年代半ばや2010年代前半にはGDP比6〜7%台に達しました。

ここで注意が要ります。資金余剰は、貯蓄(利益・内部留保)から実物投資を差し引いた残りです。したがってこの余剰の拡大は、利益が増えたことと、設備投資が伸び悩んだことの両方からありえます。この図が映すのはその差額だけで、内訳までは分かりません。どちらがどれだけ効いたかは法人企業統計などの別の統計で確かめる必要があります。そのうえで、この時期に企業の設備投資が伸び悩んだことは、それらの統計から広く記録されています。

家計(青)は逆の動きをしています。1990年代の余剰は大きかったものの、2000年代を通じて縮み、2013〜2014年には一時マイナスに沈みました。その後、コロナ禍の2020年には消費が抑えられた反動でGDP比+6.5%まで跳ね上がっています。危機のたびに民間部門の余剰が急拡大し、それと鏡合わせに政府の赤字が深くなります。これまでの図は、いずれもこの同じ現象を別の角度から映したものです。

なお、ここで見た家計と非金融法人企業の資金過不足は、日本銀行の資金循環統計とも方向・転換点がおおむね整合します※3。作り手も手法も異なる統計が同じ転換を示すことは、これが一つの統計の推計方法に由来する見かけ上の動きではなく、実際に起きた変化だと考えてよい根拠になります。

会計の一致と、因果の区別

ここまでは会計上の事実です。部門別収支が相殺すること自体は、どの経済学の立場でも共有される国民経済計算の関係であって、特定の学派の主張ではありません。問題は、この事実をどう解釈するかです。

MMTは、この対応を政策の出発点に置きます。非政府部門が純金融資産(貯蓄)を積み増そうとすれば、その受け皿として政府部門の赤字が生じます。通貨を発行する政府にとって、赤字を続けられるかどうかの制約は名目上の返済能力ではなく、実物資源とインフレです。だから「民間が黒字を望むかぎり、政府の赤字はその裏返しとして現れる」と読みます。

主流派経済学も、恒等式そのものは共有します。ただし持続的な政府赤字を、将来の税負担、金利上昇、民間投資のクラウドアウトといった行動モデルの帰結として評価します。分岐点は、政府赤字を「将来へのツケ」と見るか、「民間が積みたい貯蓄の受け皿」と見るかにあります。

しかし、恒等式は方向を決めません。政府赤字が民間黒字を「生んだ」のか、民間の貯蓄意欲が政府赤字を「強いた」のかは、恒等式だけからは判定できません。同時に動くことは相関であって、因果を証明するには所得・投資・景気・対外収支を含むモデルが別途必要です。ここを飛ばして「赤字の反対が黒字なのだから、赤字は問題ない」と言い切ると、MMT批判の格好の的になります。

付け加えると、「政府赤字の反対は民間黒字」という言い方は、「国の借金」や「将来世代のツケ」というレッテルを裏返すのには役立ちます。ですが、それ自体が赤字の善し悪しを決めるわけではありません。理論上は、政府も企業も赤字で家計だけが黒字、といった組み合わせもありえます。赤字と黒字の符号だけを見ていると、その赤字を生んだ支出が現実に何を生み出したのか、人と設備と技術という実物にたどり着けません。恒等式の先にある本題は、そちらにあります。

数字を読むうえでは、いくつかの留保が要ります。

  • フローとストックは別です。この30年の政府の資金不足の累積が政府債務残高に近づきますが、当年のフローと残高を混同してはいけません。
  • 家計の資金余剰が増えるのは、所得が増えたからとは限りません。 将来不安などで消費を控え、使わずに残した結果としても増えます。余剰の増減だけからは、その理由までは決まりません。
  • 企業の黒字は「企業が儲かっている」と同義ではありません。 資金余剰とは金融資産の純取得と負債の純発生の差であり、利益の大小とは別の指標です。
  • 純貸出/純借入には、資本勘定側(貯蓄と投資の差)と金融勘定側(資金過不足)という二つの推計があり、別々の統計から作るため完全には一致しません。この差は経済に何かが起きたことではなく、データの計測の不確かさを表すもので、日本では1999年の非金融法人企業のように30兆円を超える年もあります。したがって、部門ごとの年々の小さな動きは深読みしないほうが安全です。本記事の主系列は資本勘定側です。

まとめ

日本の部門別収支30年を通してみると、一般政府はほぼ一貫した資金不足部門であり、その赤字は非政府部門(民間+海外)の黒字と会計上ぴったり対応します。そして黒字の主役は、1990年代末を境に家計から企業へ移りました。

会計恒等式が教えるのは、政府赤字と民間黒字が切り離せないという事実までです。そこから先、望ましい赤字の規模は恒等式では決まりません。問うべきは「赤字を減らすべきか」ではなく、民間の黒字が健全な所得の反映なのか、それとも投資と消費の弱さの裏返しなのか、です。企業が資金余剰を続ける経済とは、稼いだ資金が賃金や設備投資へ十分に回らず、金融資産に滞留している経済でもあります。日本人の暮らしを豊かにするために変えるべきは、黒字の総量ではなく、その中身です。

参考

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