為替レートはなぜ動くのか:固定相場を理解するための基礎

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この記事のねらい

これから、ロシアの1998年危機を何回かに分けて読んでいきます。

その前に、どうしても先に済ませておきたいことがあります。為替レートの話です。

ロシア1998年危機は、為替を理解していないと、何が起きたのか本当のところが分かりません。「自国通貨建てなのにデフォルトした」という一言だけが独り歩きしますが、その裏では、為替レートを一定の範囲に抑え込もうとして失敗した、という出来事が同時に進行しています。ここを飛ばすと、危機の半分が見えないままになります。

ところが、変動相場制の国で普通に暮らしていると、為替レートは「なんとなく動くもの」「そのうちいい感じに調整されるもの」として通り過ぎてしまいます。動く理由を聞かれても、「通貨の信認」といった言葉でふわっと片づけてしまう。それで日常は困りません。

しかし、それだと固定相場は理解できません。

固定相場を理解するには、逆から入る必要があります。まず、なぜレートは放っておくと動くのかを押さえる。動く仕組みが分かると、では動かないように固定するには何が要るのか、が初めて見えてきます。そして、その「固定するために要るもの」が尽きたときに何が起きるのか。ロシア1998年危機は、まさにそこで起きています。

この記事では専門用語をできるだけ使わずに、為替レートとは何の値段なのか、なぜ動くのか、どうやって固定するのか、そしてなぜ固定は破られるのか、という順で積み上げます。最後に、自分がいまどの段階まで理解できているかを確認する表を置きます。ロシアシリーズを読む前の、共通の足場をつくるのがこの記事の目的です。

為替レートは「値段」である

まず、いちばん土台の話からいきます。

為替レートとは何かというと、通貨の値段です。もっと正確に言えば、ある通貨を別の通貨で測ったときの値段です。

「1ドル150円」というのは、ドルという商品に150円という値札がついている、ということです。りんご1個が150円、と言っているのとかたちは同じです。ドルを買いたい人は150円払う。ドルを売りたい人は150円受け取る。

では、その値段は誰が決めているのか。

変動相場制のもとでは、誰かが一方的に決めているわけではありません。日本銀行の説明でも、為替相場は「誰かが一方的、恣意的に決めるわけではなく、市場における需要と供給のバランスによって決まります」「これは、物やサービスの価格が決まるのと同じ原理です」とされています。※1

ここが出発点です。為替レートは、特別な魔法の数字ではありません。市場でドルを買いたい量と売りたい量がぶつかって決まる、ただの値段です。

通貨が売買される場所を、外国為替市場と呼びます。※2 世界中の銀行や企業や投資家が、そこで通貨を交換しています。りんご市場でりんごの値段が決まるように、外国為替市場で通貨の値段が決まる。まずこのイメージを持ってください。

値段だと分かると、次の問いが自然に出てきます。値段は、なぜ動くのか。

なぜ動くのか:誰が円を買い、誰が売っているのか

値段が動くのは、買いたい量と売りたい量が釣り合っていないからです。

りんごを買いたい人が急に増えれば、りんごの値段は上がります。逆に、みんなが一斉にりんごを手放そうとすれば、値段は下がります。為替レートも同じで、円を買う勢いより円を売る勢いが強ければ、円の値段は下がります。これが円安です。

では、通貨の場合、誰がどんな理由で買ったり売ったりしているのか。りんごと違って、通貨を売り買いする動機はいくつもあります。代表的なものを挙げます。

貿易。 日本の会社がアメリカに製品を売れば、代金をドルで受け取ります。しかし国内では給料も仕入れも税金も円で払うので、そのドルを円に替えようとします。これが円を買う勢いになります。逆に、日本がエネルギーや食料を輸入すれば、支払いにドルが要るので、円を売ってドルを買います。これが円を売る勢いです。

海外への投資と、海外からの投資。 日本の投資家がアメリカの株や債券を買おうとすれば、円を売ってドルを用意します。逆に、海外の投資家が日本の株や資産を買おうとすれば、円を買います。この動きは貿易よりずっと大きな金額で、ずっと速く動くことがあります。

金利の差。 お金は、条件が同じなら利回りの高いところに動こうとします。アメリカの金利が日本より高ければ、円で持つよりドルで持つほうが利息を多く得られると考える人が増え、円を売ってドルを買う勢いが強まります。

思惑と予想。 「これから円安が進みそうだ」と多くの人が思えば、実際にそうなる前に円を売っておこうとします。同じ方向を予想する人が多いほど売りの勢いは強まり、予想そのものが値段を動かします。

こうした売り買いの勢いが、同時に、しかもバラバラの方向で働いています。ある日は貿易の円買いが優勢で、別の日は金利差の円売りが優勢になる。その差し引きの結果として、レートが上下します。

大事なのは、レートが動くとき、必ずその裏に「誰かが実際に売り、誰かが実際に買っている」という具体的な取引があることです。レートは空気を読んで勝手に動くのではありません。売り注文と買い注文の量が食い違うから動くのです。

この「売りと買いの食い違いが値段を動かす」という一点を押さえておくと、次の話が一気に分かりやすくなります。

「通貨の信認」で止まらない

ここで、よく使われる言葉に触れておきます。「通貨の信認」です。

「円の信認が失われると円安になる」という言い方を、ニュースでもよく聞きます。この言葉自体が間違いというわけではありません。ただ、これで説明を止めてしまうと、肝心のところが見えなくなります。

信認という言葉は、それ自体は何も具体的に指していません。円安になった理由を「信認が落ちたから」と言うのは、りんごが値上がりした理由を「りんごの人気が落ちたから」と言うのに似ています。何かを言っているようで、実際には「値段が動いた」を言い換えただけになりがちです。

本当に見るべきなのは、さっきの需給です。信認が落ちた、と感じられる局面では、たいてい、その裏で誰かが円を売っています。海外への資金移動が増えたのか。金利差で円売りが強まったのか。輸入代金の支払いが増えたのか。将来のインフレを見込んで円を手放す動きが出たのか。

つまり「信認」は、結論ではなく問いの入口です。どの経路で、誰が、なぜ円を売っているのか。そこまで具体化して初めて、レートの動きを議論できます。この点は別の記事で詳しく扱っているので、興味があれば関連記事から読んでみてください。ここでは、「信認」という抽象語で止めず、需給の話に翻訳する、という姿勢だけ共有できれば十分です。

なぜこの姿勢が大事かというと、固定相場の話に進むために必要だからです。レートが需給で動く値段だと分かっていれば、「では、その値段を動かないように固定するには何をすればいいのか」という問いに、具体的に答えられるようになります。

では、どうやってレートを固定するのか

ここからが本題です。

レートは、買いたい量と売りたい量の食い違いで動く値段でした。ということは、レートを一定の値に固定したいなら、やることは一つに絞られます。食い違いを、誰かが埋め続けることです。

たとえば、政府が「1ドル=6ルーブルに保つ」と決めたとします。ところが市場では、ルーブルを売ってドルを買う勢いのほうが強い。放っておけばルーブルは6より安くなってしまう。

このとき、余っているルーブル売り注文を、誰かがすべて引き受けて、代わりにドルを渡してやれば、レートは6のまま動きません。その「誰か」の役目を、通貨当局、つまり中央銀行や政府が担います。

これが為替介入です。中央銀行が外国為替市場に入っていって、自国通貨を買い支えたり、逆に売って安くしたりする操作です。正式には外国為替平衡操作と呼ばれます。※3

日本の場合、介入するかどうかを決める権限は財務大臣にあり、実際の売買は日本銀行が代理人として実行します。※4 決めるのは通貨当局(国によって政府だったり中央銀行だったりします)、実際に売買するのは中央銀行、という分担です。ふだんの日本は変動相場制なので介入は例外的ですが、固定相場を守る国では、この操作が制度の中心になります。

なお、レートを守る手段は市場での売買だけではありません。金利を大きく引き上げるやり方もあります。金利が高ければその通貨で持っておく魅力が増し、自国通貨を売る勢いを抑えられるからです。ただし金利を上げれば国内の企業や家計の借入負担が重くなり、景気や財政を痛めます。これも無制限には使えません。この金利防衛は、後の回でロシアの短期国債を扱うときにまた出てきます。

ここで、介入の中身をもう少し具体的に見ます。自国通貨を安くしたくない、つまり自国通貨を買い支えたい場合、中央銀行は市場で自国通貨を買い、その代金として外貨を売り渡します。※5 自国通貨買い・外貨売り、です。市場に余っている自国通貨の売りを、外貨と引き換えに吸い取っていくイメージです。

そして、この「外貨を売り渡す」というところに、固定相場のすべての難しさが詰まっています。

自国通貨は発行できる。外貨は発行できない

固定相場を守るために、中央銀行は外貨を売り続けなければなりません。では、その外貨はどこから来るのか。

自国通貨なら、いくらでも用意できます。中央銀行は自国通貨の発行元だからです。ルーブルを買い支えるのに使うルーブル、ではなく、問題は反対側です。市場に渡すドルのほうです。

ドルは、自国の中央銀行には発行できません。ドルを発行できるのはアメリカだけです。だから、自国通貨を買い支える国は、あらかじめ手元にためておいたドルを取り崩して使うしかありません。

このためておいた外貨のことを、外貨準備と呼びます。日本銀行の説明でも、外貨準備は「通貨当局が為替介入に使用する資金であるほか、通貨危機等により、他国に対して外貨建て債務の返済が困難になった場合等に使用する準備資産」と位置づけられています。※6

ここが、この記事でいちばん覚えて帰ってほしいところです。

自国通貨の名目の支払い能力と、為替を守る能力は、別物です。

政府は、自分で発行できる自国通貨で借りているかぎり、その借金の返済に名目上行き詰まることはありません。返すお金を自分で作れるからです。MMTがくり返し強調してきたのも、この点です。ただし、これは無条件の話ではありません。通貨を変動相場に委ねて、為替を固定で守る約束をしていないこと。そして、外貨建ての借金を負っていないこと。この条件のうえで成り立つ話であり、しかも本当の歯止めは、支払い能力ではなく、インフレ——国内でモノを作る供給能力の限界——のほうにあります。

ところが、いま見ている固定相場は、この条件を自分から外す選択です。為替を固定で守ると決めた瞬間、通貨を発行する力は、その防衛に縛られます。借金を返そうと自国通貨を大量に刷れば、守っているレートを自分から崩してしまうからです。しかも、為替防衛に使えるのは、自分で発行できる自国通貨ではなく、自分では発行できない外貨です。だから、自国通貨建ての名目の支払い能力があることと、為替を固定で守りきれることは、まったく別の話になります。

外貨は、発行できない以上、有限です。売れば減ります。減って、なくなれば、それ以上は買い支えられません。

自国通貨はいくら刷ってもいい。でも、固定相場を守る弾薬は外貨であって、その弾薬には限りがある。この非対称が、固定相場という制度のいちばんの弱点です。

固定相場・為替バンドという制度

固定相場と一口に言っても、守り方には幅があります。

いちばん硬いのは、レートを一点にきっちり張り付ける完全な固定です。反対に柔らかいのが、日本のような変動相場で、原則として市場に任せます。

その中間に、為替バンドという制度があります。「1ドル=6ルーブルを中心に、上下◯パーセントの範囲までは動いてよい」というように、幅を決めておき、その帯からはみ出しそうになったら介入で押し戻すやり方です。完全固定ほど硬くはないけれど、変動相場ほど自由でもない。中心の値をじわじわ動かしていくやり方もあります。

なぜこの区別を先に置くかというと、これから読むロシア1998年危機のロシアが、この「為替バンド」に近い制度を採っていたからです。ロシアは、ルーブルのレートを一定の帯の中に収めようとして、その帯を守るために外貨を使っていました。完全な固定相場だったと単純化すると、少し不正確になります。この記事では「固定相場に近い、帯で守る制度だった」とだけ押さえておいてください。

制度がどれであっても、帯や固定を守る手段は同じです。市場の食い違いを、外貨を使った介入で埋める。だから、どの制度でも最後は同じ弱点に行き着きます。外貨準備です。

外貨準備が尽きるとどうなるか

では、その外貨準備が減っていったら何が起きるのか。

自国通貨を売る勢いがずっと強いままだと、中央銀行は外貨を売り続けることになります。売り続ければ、外貨準備は減っていきます。市場の参加者も、それを見ています。「この国の外貨準備は、あとどれくらいで尽きるだろうか」と。

尽きそうだと見えてくると、話が悪いほうに転がります。「近いうちに買い支えられなくなって、通貨が大きく下がるだろう」と予想する人が増えるからです。そう予想した人は、下がる前に自国通貨を売ってしまおうとします。すると自国通貨売りがさらに強まり、中央銀行はもっと速く外貨を減らすことになります。防ごうとする動きが、崩れを早める。この悪循環が、通貨危機と呼ばれる状態です。

最後は、外貨準備が底をつくか、これ以上は使えないと判断した時点で、固定を守りきれなくなります。そうなると、レートを大きく切り下げるか、固定をあきらめて変動相場に移すことになります。守ると宣言していた水準が、一気に崩れる。

ここに、もう一つの縛りが重なると、事態はさらに深刻になります。外貨建ての借金です。

さきほどの外貨準備の説明に、「通貨危機等により、他国に対して外貨建て債務の返済が困難になった場合等に使用する」とありました。※6 外貨準備は、為替を守るためだけでなく、外貨建ての借金を返すための備えでもある、ということです。

固定相場を守るために外貨準備を使い切ってしまえば、外貨建ての借金を返す原資も細ります。自国通貨建ての借金なら自分で発行して返せますが、外貨建ての借金は、外貨がなければ返せません。為替防衛での外貨の枯渇と、外貨建て債務の返済難が、同じ「外貨が足りない」という一点で結びついてしまう。

ロシア1998年危機で起きたことの骨格は、大きく言えばこの形をしています。細かい事実関係、たとえば当時のロシアが抱えていた短期国債の問題や、原油安、銀行の不安といった要素は、この後の回で一つずつ見ていきます。この記事で持って帰ってほしいのは、その手前にある共通の仕組みです。為替は需給で動く値段であり、それを固定するには外貨という有限の弾薬が要り、弾薬が尽きれば固定は守れない、という骨組みです。

自分がどこまで理解できているか

最後に、ここまでの話を理解の段階として並べておきます。ロシアシリーズを読むうえで、いま自分がどこまで来ているかの目安にしてください。

段階 理解の状態
レベル1 「為替レート」「固定相場」という言葉は知っている
レベル2 為替レートは需給で決まる値段であり、放っておくと動くと分かる
レベル3 固定するには、中央銀行が介入で需給の食い違いを埋め続ける必要があると分かる
レベル4 自国通貨は発行できるが、防衛に使う外貨は発行できず有限だと分かる
レベル5 自国通貨建て債務の名目支払い能力と、為替防衛能力・外貨建て債務の返済能力は別物だと区別できる

レベル5まで来ていれば、ロシア1998年危機を「自国通貨建てなのに破綻した、だからおかしい」という粗い一言で片づけずに読めます。むしろ、自国通貨建てで払える話と、外貨が尽きて為替を守れない話は、最初から別の問題なのだと分かった状態で読み進められます。

ただ、ここで一つ引っかかりが残るかもしれません。自国通貨建ての借金なら自分で刷って返せそうなのに、ロシアは実際にルーブル建ての国債で返済を止めています。矛盾しているように見えますが、そうではありません。さっき触れた条件——為替を固定で守らないこと——を、ロシアは満たしていなかったからです。固定相場を守っている最中に自国通貨を大量に刷れば、その通貨を安くする方向に働き、守ろうとしているレートを自分から崩してしまう。為替を固定で守ろうとするほど、「刷って返す」道は自分の手で塞がれるのです。ロシアはまさにその状況にいました。このペッグ防衛と自国通貨建て債務の衝突は、後の回で正面から扱います。

まだ途中の段階でも、まったく問題ありません。この記事を一度読んでおけば、次からの回で用語が出てきたときに、それがこの骨組みのどこに当たるのかを思い出せるはずです。

まとめ

最後に、この記事で確認したことをまとめます。

為替レートは通貨の値段で、変動相場では買いたい量と売りたい量の食い違いによって動きます。「通貨の信認」で止めず、その裏で誰がなぜ売り買いしているのかに翻訳するのが第一歩でした。固定相場は、その食い違いを中央銀行が介入で埋め続ける制度です。買い支えに使えるのは自分では発行できない外貨であり、ためておいた外貨準備を取り崩すしかないため、売りが続けばいつか尽き、尽きれば固定は守れなくなります。

だからこそ、自国通貨を発行できることと、固定した為替を守りきれることは、別の能力です。自国通貨建ての借金なら名目上は返せるとしても、それは為替を固定で守らないという条件のうえの話で、固定を守ると決めれば、その力は自分から縛られます。この区別が、ロシア1998年危機を読むための土台になります。次回は、GKO、ロールオーバー、資本流出といった、危機の記述に必ず出てくる難しい用語を、用語集ではなく危機の連なりとしてほどいていきます。

参考

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