MMT・通貨制度

AIトークン交換所を阻む制度の壁

max999

前回は、なぜAI企業が各社トークンの自由な交換市場を望まないのかを、発行企業のインセンティブから見ました。そして宿題を残しました。仮に発行企業が限定的な交換を認めたとしても、それだけで市場が動くわけではない。売買される利用権を、誰が所有し、誰が保管し、発行企業が破綻したとき誰が返すのか——と。

最初に、この記事の前提をはっきりさせておきます。第1回・第2回で見てきたとおり、AIクレジットは発行企業の台帳と規約に依存する私的な請求権であり、台帳と停止権は発行企業が握っています。そして前回の結論のとおり、発行企業は自由な二次市場を望まず、認めるとしても制御された限定的な形にとどまります。ここまでを所与とします。そのうえで本記事が問うのは、その限定的な協力を出発点に、交換所を「市場らしい市場」へ育てようとすると何が起きるか、です。そこで現れるのが、企業の意思とは別の層にある壁——権利、保管、金融規制、安全保障——です。しかもこの壁は、最初から全部立ちはだかるわけではありません。交換所が単純な仲介から本格的な市場へ段階を上がろうとするほど、一枚ずつ増えていきます。

主張は一つです。AIトークン交換所を作る本当の難しさは、取引エンジンという技術ではなく、誰が何の権利を持ち、どの台帳に記録し、預かった残高をどう守り、本人をどう確認し、事故の責任を誰が負うのか——この一貫した制度設計にあります。

なお、ここで挙げる規制や保護の要請を、市場を邪魔する障害物として描くつもりはありません。残高の保護も、本人確認も、輸出管理も、破綻や詐欺や不正利用という他人へのしわ寄せを抑えるために積み上がってきたものです。経世済民の視点で見れば相応の理由があり、難しいのは、その理由を無視できないからです。

利用者は何を持っているのか

はじめに、利用者がAIクレジットを買ったとき、手元に何があるのかをはっきりさせます。ここが交換所のすべての土台になります。

AIクレジットは、金貨やビットコインのように、それ自体が手元にある資産ではありません。発行企業の台帳に「この利用者はこれだけ使える」と記録された数字であり、その中身は、発行企業が規約どおりにモデルの推論を提供するという約束です。言い換えれば、発行企業に対する条件付きの利用請求権です。条件付き、というのは軽くありません。多くの規約で、残高には失効期限があり、規約は一方的に変えられ、アカウントは停止されることもあります。

では、なぜこれを人に「渡す」ことができないのか。権利を発行者に無断で手渡しできるのは、権利の証明が自分の手元にある場合です。紙の商品券なら券の占有が、ビットコインなら秘密鍵が、その証明になります。だから発行者の台帳を経ずに、人から人へ渡せます。AIクレジットには、これに当たるものがありません。権利の記録は発行企業の帳簿の上にしかない、口座型の残高です。利用者は自分の分を「使う」ことはできても、他人へ「渡す」ことは、発行企業が台帳を書き換えないかぎりできないのです。

ここで、規約を無視してアカウントやAPIキーごと売買する手を思いつくかもしれません。しかしこれで渡しているのは権利ではなく認証情報にすぎず、規約違反で凍結され、詐欺や漏洩の温床にもなる、筋の悪い迂回です。交換所を真面目に成り立たせようとするほど、この手は使えません。

取引所は台帳を動かせるのか

権利の正体が分かると、第三者が作る交換所の最初の壁が見えます。取引所は、発行企業の台帳を書き換える権限を持たないのです。

ここで、株式と比べておくと話が早くなります。上場株式は、発行企業ではなく証券会社に口座を開いて売買します。日々の取引で、発行企業の株主名簿はいちいち動きません。それができるのは、法律が株式を「発行者の意思とかかわりなく譲渡できる財産」と定め、保管振替機構と証券会社が連なる第三者の台帳インフラが整備され、発行企業が「その台帳上の保有者を株主として扱う」ことを制度で義務づけられているからです。証券会社で自由に売買できる世界は、自然にあるのではなく、この制度の積み上げの産物です。AIクレジットには、この法律もインフラもありません。規約はむしろ譲渡を禁じています。

だから、AIクレジットの交換所を作ろうとする者は、この不足をどこかで埋める必要があります。埋め方は、突き詰めると三つの経路です。そして重要なのは、この三つが並列の選択肢ではなく、段階になっていることです。

経路1:発行企業の承認つきで仲介する。 売り手と買い手を引き合わせ、代金を預かり、移転そのものは発行企業が台帳を書き換えて実行する。フリマアプリや、チケットの公式リセールと同じ構図です。発行企業の協力が前提ですが、前回見たとおり、期待できる協力は本人確認や回数制限つきの限定的な形が上限でしょう。この経路の壁は比較的薄い代わりに、できることも薄い。第1回で描いた市場の機能——共通残高、即時の持ち替え、自動ルーティング、ヘッジ——は、移転のたびに発行企業の承認を待つ仕組みでは、ほぼ提供できません。

経路2:利用代行で迂回する。 台帳上の名義は動かさず、取引所が利用者に代わってクレジットを使い、成果だけを渡す。発行企業の承認を待たずに「実質的な持ち替え」を提供できますが、最終的に誰がモデルを使っているのかを外から見えなくします。

経路3:取引所が当事者になる。 各社のクレジットを買い取り、自前の共通クレジットに組み替えて売る。利用者は取引所の残高だけを持ち、即時の交換も自動の振り分けもできる——市場らしい機能は、ここで初めてそろいます。その代わり取引所は、各社への請求権を大量に抱え、利用者の残高を預かる、金融機関にきわめて近い存在になります。

つまり、交換所が市場らしくなろうとするほど、経路1から2、3へ進むことになり、取引所の性格は「仲介者」から「預かり手」へ、さらに「発行体」へと変わっていきます。ここから先の壁は、主にこの経路2・経路3を目指すときに現れるものです。経路1のフリマアプリ的な仲介にとどまるなら、その多くは軽くて済みます——提供できる市場も薄いままですが。

残高は誰が守るのか

経路3のように、取引所が利用者の残高を預かりはじめると、最初の重い問いが立ちます。その残高を、誰が、どう守るのか。

取引所が利用者から現金を受け取り、各社のクレジットを仕入れて残高として持つとき、その残高は取引所の運転資金と混ざりがちです。ここを分けておかないと——分別管理と呼びます——取引所が傾いたときに、利用者の残高が事業の穴埋めに使われかねません。さらに、利用者の残高に見合うだけの各社クレジットを一対一で本当に手当てしているのか、それを外から確かめる残高証明をどう出すのか、価格の急変や失効に備える準備をどう積むのか、といった問いが続きます。銀行や決済事業者が長い時間をかけて整えてきた仕組みを、交換所も一から抱えることになります。

最悪の場面を具体的に見ると、負担の重さが分かります。取引所が破綻したとき、利用者の残高が分別されていなければ、未使用の利用権は取引所への一般の債権に格下げされ、他の債権者と分け合う対象になります。手元にあると思っていた「使えるはずの利用権」が、取引所の倒産処理のなかで目減りするのです。あるいは、経路2・3で取引所が各社に開いた親アカウントが不正利用で一括凍結されると、その下にぶら下がる無関係な利用者まで、いっせいに使えなくなります。自分は何も悪いことをしていないのに、です。

こうした失敗は、規制が求める分別管理や保全がなぜ存在するのかを裏側から教えてくれます。預かった他人のお金や資産を守る仕組みは、面倒だから避けたいコストである前に、破綻の被害が無関係な人へ広がるのを食い止める装置なのです。

交換できるほど、なぜ金融規制に近づくのか

残高を預かり、それを売り買いできるようにする——つまり経路2、3へ進む——と、交換所はいつのまにか金融や決済の領域へ足を踏み入れます。ここは白黒ではなく、程度の問題として見るのが正確です。

単なるSaaSの利用料前払いなら、話は単純です。特定の会社の、特定のサービスを使うために、先にお金を払っておくだけ。これに、次のような性質が一つ、また一つと加わると、様子が変わります。第三者へ譲渡できる。法定通貨へ換金できる。複数の発行体で使える。二次市場で価格が変動する。取引所が残高を預かる。値上がりを見込んで投資目的で持たれる。先ほどの経路に重ねると、経路1の仲介ではこれらの性質はまだ薄く、共通クレジットを発行して残高を預かる経路3では、ほぼ全部そろいます。性質が濃くなるほど、それはもう「一社のサービス前払い」の顔をしていません。前払式の支払手段、送金に近い資金移動、あるいは暗号資産やデリバティブといった、決済・金融の制度が想定してきた対象へ近づいていきます。

見落とせないのは、名前ではなく実質で決まる、という点です。「これはポイントです」「利用権です」と呼んでも、譲渡でき換金でき価格が動くなら、実質に応じた規制の候補が浮かびます。日本なら資金決済法の前払式支払手段や資金移動業、暗号資産の枠組み、投資的な性質が強ければ金融商品取引法といった領域が、検討の対象に入ります。米国やEUにも、電子マネーや前払手段、顧客資産保護をめぐる同種の制度があります。ただし、実際にどれに該当するかは、公開時点の法令と個々の設計しだいであり、ここで結論を出すことはしません。確かなのは、交換所を経路3の姿へ近づけるほど、こうした検討を避けられなくなる、という方向です。

同じ流れのなかに、本人確認と不正資金対策も入ります。利用権が現金に近づき、人から人へ渡っていくなら、誰がその人を確認するのかが問われます。取引所か、発行企業か、あるいは誰も見ていないのか。各社の利用権が次々と別のトークンへ交換されていけば、資金の流れは追いにくくなり、盗まれたカードで買われたクレジットや、制裁の対象者への流出を、どこで止めるのかという問題も残ります。自由に交換できることの裏側には、こうした確認の責任が必ず貼りついています。

アクセスはなぜ安全保障の問題になるのか

ここまでは、お金や資産を扱う市場なら共通して出てくる壁でした。AIには、もう一枚、固有の壁があります。売買されているのが、ただの支払手段ではなく、計算し推論する能力そのものだ、という点です。

高性能なモデルへのアクセスは、突き詰めれば、高度な計算・推論能力へのアクセスです。だから国によっては、誰が、どの国で、何の目的で使うのかが、輸出管理や安全保障の関心事になりえます。先端の計算資源やモデルへのアクセスを、支払手段としてだけでなく、管理すべき能力として扱う——そういう発想が現実に出てきています。利用権が交換所を通って何度も持ち替えられ、最終的に誰の手に渡ったのか見えなくなる仕組みは、この管理といちばん相性が悪い。とりわけ経路2の利用代行は、台帳の名義を動かさないまま実際の利用者だけを替えるので、最終利用者の確認をいちばん難しくする形です。

ここでMMTの見方が補助線になります。名目の残高がいくらあっても、その裏でモデルを動かすのはGPUや電力という実物の資源です。そして——ここがAIに固有なのですが——実物の資源が存在しても、法的・安全保障的にそこへアクセスできなければ、利用できる供給にはなりません。「使える利用権」は、実物の能力と、そこへ合法的に届く経路の、両方がそろってはじめて意味を持ちます。交換所は名目の請求権をいくらでも組み替えられますが、その先の合法的なアクセスまで作り出せるわけではないのです。

責任の分かれ目も、同じ根から生じます。取引所を経由してモデルを使い、危険な使い方をされたとき、それを止めるのは誰か。残高を誤って凍結されたとき、異議を受けて処理するのは誰か。モデルの出力が損害を生んだとき、契約上の責任を負うのは、発行企業か、取引所か、売った人か。利用権が人から人へ渡るほど、この分界はあいまいになります。技術的にトークンを動かすことより、この責任の線を引き直すことのほうが、はるかに難しいのです。

まとめ

前回の宿題は、発行企業が限定的な交換を認めても、それだけで市場は動くのか、でした。答えは、動かない、です。ただし、壁は一枚岩ではありません。交換所が進む段階に応じて現れます。

AIクレジットは、権利の証明を手元に持てる商品券や暗号資産と違い、発行企業の台帳の上にしかない口座型の請求権でした。株式が証券会社で自由に売買できるのは、譲渡を保証する法律と第三者の台帳インフラを積み上げたからで、AIクレジットにはそのどちらもありません。だから交換所は、発行企業の承認つき仲介(経路1)にとどまるか、利用代行(経路2)や共通クレジットの発行(経路3)へ進むかを選ぶことになります。経路1なら壁は薄いが、市場も薄い。市場らしい機能を求めて経路2、3へ進むほど、残高の分別管理と破綻時の弁済、決済・金融規制、本人確認、そして高性能モデルへのアクセスという安全保障の問題が、一枚ずつ積み上がります。

前回、準通貨には濃い・薄いの程度があると述べました。この段階はちょうどそれと重なります。交換所が市場らしくなるほど——AIクレジットが濃い準通貨に近づくほど——発行企業のインセンティブの壁(前回)に加えて、制度の負担(今回)も重くなるのです。取引エンジンは作れても、権利・台帳・残高・本人確認・責任の分界を一貫させる制度は、コードでは書けません。技術より制度が重い、とはこの意味です。

もっとも、こうした制度の壁をすべて越えられたと仮に想像しても、まだ最後の問いが残ります。交換するには、比べなければなりません。ではA社の1トークンとO社の1トークンを、いったい何を物差しにして比べるのか。次回は、性能も用途も違うモデルの「1トークン」を同じ尺度に乗せられるのか、その計量の問題に踏み込みます。

参考

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