ストックオプションは報酬か、退職を防ぐ首輪か――500万円が手取りに変わるまでに引かれるもの
500万円は、どこまで手元に残るのか
前回、時価総額100億円で上場した会社を仮に置いて、オプションプールを社員全員で割った平均が0.05%なら500万円になる、と計算しました。数年分の上乗せした労働に対する金額として釣り合うかどうかは人によって違う、というところで終えています。
ただ、この500万円は口座に振り込まれる額ではありません。持株数に株価を掛けただけの数字です。ここから引かれるものがあります。それ以前に、上場の日を迎えたときには権利そのものが手元に残っていない場合もあります。辞めた時点で消えていた、確定する前だった、期限が過ぎていた。どれも計算に入る前の話です。
ストックオプションは、株をもらう約束ではありません。決められた価格で株を買える権利です。しかも、その権利をいつから使えるのか、どういう状態で持っていれば使えるのか、辞めたらどうなるのかが契約で細かく決められています。条件を書くのは、ほぼ会社の側です。
株はもらえるのか、買うことになるのか
権利を行使するとは、あらかじめ決められた価格を払い込んで、自社の株を買うことです。1株あたり400円で買える権利を持っていて、上場後の株価が2,000円になっていれば、差額の1,600円が1株あたりの取り分になります。株価が行使価格を下回っていれば、行使しなければよいだけです。取り分はゼロですが、払い込まなければ持ち出しはありません。
行使には現金が要ります。前回の500万円は、株価2,000円の株を2,500株分持っている状態を指しています。その2,500株を手にするには、1株400円で合計100万円を払い込まなければなりません。上場の日に持っているのは株ではなく、お金を払えば株になる権利のほうです。手元に払い込む現金がなければ、権利があっても株にできません。上場後であれば、株にしてすぐ売り、払い込んだ分を回収する順序も取れます。ただしロックアップの期間中は売れません。
持株数に株価を掛けた額から、行使価格の払い込み分を引いたものが、税を引く前の取り分です。500万円から100万円を引けば400万円になります。前回の数字は、税に触れる前の段階ですでにここまで縮みます。行使価格は付与のときの評価額をもとに決まるので、評価額が高い時期に付与された人ほど行使価格も高くなります。評価額は次の調達で下がることもあり、上がり続けるとは限りません。同じ0.05%でも、いつ付与されたかで取り分は変わります。
税は、どの時点でいくらかかるのか
税の扱いは、そのストックオプションが税制適格の要件を満たしているかどうかで変わります。
要件は租税特別措置法29条の2に定められています。主なものは次のとおりです。
- 無償で発行されていること
- 付与の対象が、発行会社またはその子会社の取締役・執行役・使用人であること。大口株主とその特別関係者は対象から外れ、一定の要件を満たす社外高度人材は対象に入る
- 権利行使が、付与決議の日後2年を経過した日から10年を経過する日までに行われること。設立5年未満の非上場会社が付与した場合は15年を経過する日まで
- 1株あたりの権利行使価額が、契約締結時の1株あたりの価額以上であること
- 年間の権利行使価額の合計が上限を超えないこと。上限は2024年度の税制改正で3区分になり、設立5年未満の会社は2,400万円、設立5年以上20年未満で非上場または上場後5年未満の会社は3,600万円、それ以外は1,200万円
- 権利を他人に譲渡できないこと
- 権利行使で取得した株式を証券会社等に保管委託すること。2024年度の改正で、譲渡制限株式については発行会社自身が管理する方法も選べる※1
年間上限は権利行使価額の合計に対する枠です。超えたからといって行使できなくなるわけではなく、超える分の権利について、あとで説明する非適格の扱いに切り替わります。さきほどの100万円ほどの払い込みであれば、通常はこの枠に当たりません。
要件を満たしていれば、行使の時点では課税されません。株を売ったときに、売却額と行使価額の差が譲渡所得として課税され、税率は20.315%です。さきほどの400万円なら、およそ81万円が引かれて、手取りは約319万円になります。
満たしていなければ、行使した時点で課税されます。行使時の株価と行使価額の差額が、雇用関係にもとづく付与であれば給与所得として総合課税の対象になり、所得の合計額に応じて累進で課税されます。住民税を含めた最高税率は55.945%です。同じ400万円がその年の給与に上乗せされる形で課税対象になるので、適格のように分離課税の20.315%で済むわけではありません。売ったときには、売却額と行使時の株価の差が改めて譲渡所得として課税されます※2。未上場のうちに行使すれば、売る相手がいないまま税だけが先に発生します。
税制適格に合わせて設計するかどうかを判断するのは、発行する会社です。同じ「500万円分のストックオプション」でも、手取りは会社が選んだ制度で変わります。
制度の解釈が後から変わることもあります。信託型と呼ばれる仕組みは、売却時の譲渡所得課税として整理する見方が一般的でしたが、2023年に国税庁が、権利行使の時点で給与所得として課税されると明示しました※3。発行した会社には源泉徴収の義務が生じています。
辞めたあとも、権利は残るのか
使える状態にたどり着く前に会社を離れる人がいます。
付与された権利は、すぐ全部を行使できるようになるとは限りません。ベスティングと呼ばれる形で、時間の経過に応じて行使できる部分が増えていく設計が置かれます。米国では、4年かけて段階的に確定させ、最初の1年を過ぎるまでは1株も確定しないという刻み方(クリフ)が広く使われてきました。日本でも同じ形を置く会社があります。法律で決まっているものではなく、契約で定めるものです。税制適格で設計されていれば、契約のベスティングとは別に、付与決議から2年は行使できません。
退職したときに権利がどうなるかも、契約が決めます。在職していることを行使の条件とする定めが置かれていれば、辞めた時点で権利が消えます。退職時の失効は、税制適格の要件ではありません。対象者の要件は付与の時点で判定されるもので、行使のときにまだ在職していることを求めてはいません。失効するのは、会社がそう契約に書いたからです。
この区別が付くと、ストックオプションが何に対して払われているのかが変わります。過去3年働いたことへの報酬なら、辞めたあとも3年分は残っているはずです。残らないのであれば、それは過去の労働への対価ではなく、これからも在籍することを条件にした約束だったことになります。
過去の貢献に対して確定した分と、これからの在籍に対する未確定の分は、性質が違います。契約書がその二つを分けているか、分けたうえで確定分を退職後も行使できるようにしているかは、条項を読まなければ分かりません。
上場もM&Aもなければ、何が残るのか
未上場のままなら、行使して株にしても、売る相手を自分で探すことになります。譲渡に会社の承認が要る定めも普通に置かれています。株にはなりますが、現金にはなりません。行使期間にも終わりがあります。税制適格で設計されていれば、その終わりは付与決議から10年(設立5年未満の非上場会社なら15年)が上限で、契約でそれより短く定められていることもあります。期限を過ぎれば権利自体が消えます。会社が問題なく続いていても、上場もM&Aもないまま期限が来れば、手元には何も残りません。
M&Aで売れた場合も、売却額を持株比率で割った額が入るわけではありません。第2回で見たとおり、投資家が引き受ける優先株には清算優先権が付きます。会社が売却されたときにも同じ扱いをする取り決めが置かれるのが通例で、その場合は投資家が先に回収します。調達を重ねるたびに、先に回収される金額は積み上がります。残った分を普通株の側で分けるので、売却額が積み上がった優先分を大きく超えていなければ、普通株を持つ側の取り分は小さくなります。数十億円での売却でも、従業員の手元がほとんど動かないという結果は起こりえます。
そもそも、未行使のまま売却を迎えた権利が買い手にどう扱われるかも契約次第です。買い手の意向で消却されることも、会社が買い取る形で処理されることもあります。行使して普通株になっていなければ、分配に加わる列にそもそも並べません。
ストックオプションの価値は、上場かM&Aにたどり着けるかどうかに、まるごと乗っています。給与のように、働いた分が働いた月に積み上がるものではありません。
長く居てもらうための設計は、報酬と呼べるのか
在職条件やベスティングを、会社側の不当な仕掛けとして描くのは正確ではありません。理由が三つあります。
一つ目は、枠の問題です。退職した人が権利を持ち続ければ、あとから入る人へ配れる分が減ります。会社が新株予約権をどこまで出せるかは、既存株主の持分がどこまで薄まってよいかで決まっていて、無尽蔵ではありません。辞めた人の未確定分を消しておけば、その分の枠が空きます。空いた枠のなかで新しく発行し直せるので、運用として筋が通っています。
二つ目に、長く在籍してもらうこと自体が、会社にとって正当な目的です。人が入れ替われば引き継ぎのたびに時間が失われますし、採用と教育の費用も繰り返しかかります。長く居るほど取り分が増える仕組みを置くのは、その目的に対して素直な設計です。
三つ目は、貢献の切り分けが難しいことです。製品が売れる形になる前に離職した人の働きが、その後の方向転換の成功にどれだけ効いたのかは、あとから測れません。「貢献に応じて」と言うのは簡単ですが、測る物差しのないところで比率を決めるのは、会社の側にとっても難題です。
二つ目と三つ目は、そのまま正当な理由です。一つ目も、未確定分を消して枠を空けるところまでは筋が通ります。枠の議論で説明が付くのはそこまでです。すでに確定した分まで失効させる理由には届きません。
もう一つ残るのが、この設計に付ける名前のほうです。在籍を促すための仕組みだというなら、それは在籍への報酬です。長く居た人に多く払う制度であって、過去に何をしたかで払う制度ではありません。それを「これまでの貢献に報いるもの」として渡すから、受け取る側の理解と条項の中身が食い違います。
行使価格も、ベスティングの刻み方も、在職条件を置くかどうかも、退職後にどれだけ行使を認めるかも、付与する側が設計します。交渉の余地がゼロだとまでは言えませんが、雛形として示された条項を一人で書き換えるのは簡単ではありません。第1回で書いたとおり、どちら側にいるかを決めるのは入社時の契約です。ストックオプションの条項も、その契約の一部です。
提示されたときに、何を確かめるのか
提示を受けたら、付与契約と募集要項で次の項目を確かめられます※4。
- 行使価格と付与株数
- 希薄化後の比率でいうと何パーセントにあたるのか
- ベスティングの刻みと、クリフの有無
- 権利行使期間の終わり。上場が遅れた場合に間に合うのか
- 在職が行使の条件になっているか
- 退職後に行使できる期間の定め。会社都合と自己都合で扱いが違うか
- 上場やM&Aのときに、未確定分が繰り上げて確定する定めがあるか
- M&Aのときに、未行使分がどう扱われるか
- 税制適格の要件を満たす設計か。満たさない場合、課税は行使の時点になる
- 行使に必要な払い込み額。その現金を用意できるか
- 上場後のロックアップ期間
- 優先株の清算優先権が、どれだけ積み上がっているか
これだけ確かめれば、提示された額面がいくつの条件にぶら下がっているのかを数えられます。入社したあとに制度が新しく作られて付与された場合も、確かめる項目は変わりません。
数えたうえで受け取るなら、筋の通った判断です。前回書いたとおり、上場を目指すベンチャーで従業員として働くときの主な報酬は、持分ではなく経験のほうです。ストックオプションはその上に乗るもので、乗り方が契約で決められているというだけのことです。避けたいのは、額面だけを聞いて数年を使い、行使の段になって初めて条項を読むことのほうです。
ここまでは、株価が付いたあとの計算でした。では、その株価が上がったとき、株を持たない従業員には何が起きるのか。次回はそこを見ます。
参考
関連記事
- 会社が大きくなると、誰が豊かになるのか――所有者は組織全体、従業員は自分一人分(本シリーズ第1回。残余請求権と賃金契約の違い、側を決めるのは入社時の契約であること)
- 会社にお金が入っても、あなたの給料は増えない――資金調達で膨らむ財布はどれか(本シリーズ第2回。優先株の清算優先権と、調達を重ねるほど先に回収される金額が積み上がること)
- 全社一丸で上場して、資産家になるのは誰か――上場益は貢献ではなく持株数で分かれる(本シリーズ第3回。オプションプールを人数で割る算術と、本記事の出発点になる500万円の計算)
外部資料
- ※1 経済産業省 ストックオプション税制
- ※2 国税庁 タックスアンサー No.1543 税制非適格ストック・オプションに係る課税関係について
- ※3 国税庁 ストックオプションに対する課税(Q&A)(令和5年5月公表・令和6年11月最終改訂)
- ※4 経済産業省 スタートアップの成長に向けたインセンティブ報酬ガイダンス(2025年2月)

